あんぽんたんblog

忘れたくないことはいつか忘れてしまうのでメモしてから安心して忘れる。

FISHMANS / Season

8月の現状

8月の現状

上辺をなぞってゆったり浸っていてもどこか火照って熱に浮かされる。内に隠されたものにあてられて激しく揺さぶられる。そのことにいつもあとになって気付く。音の数が多ければ、展開が大胆であれば、歌が激しければ、きっと情熱的な音楽の形にはなる。でもフィッシュマンズの曲はそれじゃ説明がつかない感動が確かにある。


フィッシュマンズ season


フィッシュマンズの歌詞は直接的ではなく、その輪郭を言葉で削りとることで核心に迫ろうとするものが多いけれど、後期の深まった音もまた同じなんだと思う。それは「真実は言葉にすると嘘になる」を地でいくようなもので残るのは常に曖昧な答え。削られた空白を埋めるのは受け手となるこちら側で、だから嘘がないし、間違えることもない。だから指し示されたものに価値を見出すし、大事なところに届く。

何にポイントを当てて、そのために何を選んで捨てるのか。結果残るのはシンプルな音とぼんやりとした言葉なのだけど、それらが指し示す答えに思いを馳せては終わりのない逡巡とその先に見え隠れする期待に胸を焦がすことになる。またそれらを内包して可能にする音楽の骨子を組み上げるための配慮を思うと、そこには技術やセンスを超えた恐ろしいまでの執念を感じずにはいられない。

ただシンプルに、流れに逆らわず、必要なものを残してあとは捨ててしまえばいい。なんてことはないんだ。簡単なことなんだ。そう思わせることがどれだけ難しいことなのか。大きな山場もなく、淡々と茫洋に終えていくフィッシュマンズの曲にほだされてしまうのは、どこまでいっても含まれているものに追い付けないからだといつも感じる。無数の示唆を許す包容力。そしてそれを表現するための異常なまでの情熱が脈打つ音楽にただ没頭してしまう。

「Season」は上記を踏まえたうえで、良質なポップスとしても、硬派なロックとしても聴けるし、誰にとってもきわめて個人的な音楽になれると思う。付け加えるなら、ひとつの季節の終わりを告げる音楽として、そこに惜しむものがある人に響く音楽だと思う。これまでとこれからの間の宙ぶらりんな時間をもう少しだけ延長して、夢を見させてくれる音楽だと思う。とてもやさしくて残酷な音楽だと思う。ただただ単純にいい曲だと思う。